参考:カカアコ地区の新しい(建設予定)コンドミニアムをお探しの方は
新しいホノルルのコンドミニアムまたは
ワードビレッジのコンドミニアムのページもご覧ください。
カカアコ地区の変容 カカアコ地区はハワイで急成長してる最も刺激的な新しい都市型居住地区で、現在大規模な再開発が進められています。(ピイコイストリートを挟んで)東のアラモアナ、(パンチボールストリートを挟んで)西のホノルルダウンタウン、南の海に囲まれたこの地区は、ショッピング、ビーチ、ビジネスいずれにも非常に便利なロケーションにあります。
ここ数年だけでも20棟以上のコンドミニアムの建設が予定されており、数棟はすでに完成または建設中です。すべてのコンドミニアムが完成すると、ユニット総数は5,000戸以上になります。カカアコ地区のほとんどの居住型コンドミニアム開発は、ハワードヒューズコーポレーションが手掛けるワードビレッジ計画とカメハメハスクールズが手掛けるアワカカアコ計画のふたつの基本計画をもとに進められています。これらの基本計画には地区内の歩道、公園、ショップ等の再整備も含まれており、車が必要なくなるほど究極の利便性を追求したコミュニティを目指しています。
現在発売中の新築または比較的新しいカカアコ地区のコンドミニアムの価格は、安価な1ベッドルームで50万ドルから最高級の
ワイエアのグランドペントハウスで3,000万ドル以上となっています。
カカアコ地区のコンドミニアムについて カカアコ地区の一部(例えば
1350アラモアナや
ハワイキタワー)はアラモアナショッピングセンターのすぐそばにあることからアラモアナ地区と誤解されることがあります。しかし、アラモアナの3倍の面積を誇るカカアコ地区がこれから世界的な知名度を得るにしたがって、これも徐々に変わっていくことでしょう。
すでに完成している人気のカカアコ地区コンドミニアムには、
ワイエア(2016年)、
アナハ(2017年)、
ワイホヌア(2015年)、
シンフォニー(2016年)、
ザコレクション(2016年)、
ケアウホウプレイス(2017年)、
ホクア(2006年)、
コオラニ(2006年)、
モアナパシフィック(2007年)があります。また、現在建設中または計画中のコンドミニアムには、
アエオ(2018年)、
ケキロハナ(2019年)、
ゲイトウェイタワーズ(2021年)、
アアリイ(2021年)があります。
カカアコ地区について カカアコ地区には現在12,000人が開発途中のホノルル市街地に点在する高層コンドミニアムに住んでいます。職場、ショッピング、エンターテイメント、レクリエーション、すべてが近くにあります。
カカアコ地区の人口は2030年までに30,000人になると予想されています。今後数年間に20棟以上の新しいコンドミニアムが建設されることにより、これまで数十年間不足していた都市型住宅建設の需要にようやく追いつくことができます。都心への日々の通勤事情が劇的に改善されることでカカアコ地区に非常に大きな成長の可能性が生まれました。
ハワイコミュニティディベロップメントオーソリティ(HCDA)の構想では、600エイカー(東京ドーム約52個分)のカカアコ地区を、提案されている鉄道物流システム開発に沿ったモダンコミュニティに変貌させる計画です。(現段階ではカカアコ地区の鉄道完成時期が定かではありません。)この計画には、新しいレクリエーションパーク、ショップ、レストラン、オフィススペース、食料品店、リニュアルされるニールブレイズデルセンターの整備が含まれています。
第三の都市と言われることもあるカカアコ地区は、まるでアウトドアリビングルームのような広く快適な街並みを創造し、歩いてまたは自転車で通勤、ショッピング、リクリエーションが楽しめる環境を提案しています。カカアコ地区の倉庫や産業用地は、再活性化されるホノルル都心の新たなライフスタイルにその地を譲りつつあります。
カカアコ地区の開発においては、行政と民間の協働により、財政面において持続可能で、環境にやさしく、実現可能な開発計画を実施することで新たなグローバルスタンダードの構築を目指し、文化、芸術、近代輸送システム、さらに多様なラグジュアリーコンドミニアムでの新しい大都市型ライフスタイルの融合を促進しています。
カカアコウォーターフロントパーク、ケワロベイシンパーク、そして隣接するアラモアナビーチパークでは、ジョギング、遊泳、サーフィン、釣りなどアウトドアを楽しむことができます。カカアコ地区のコンドミニアムには、生活、仕事、遊びを一か所で完結できる究極のライフスタイルがあります。
カカアコ地区の歴史 カカアコ地区は、かつての住人にはもはや認識できないほどの近代化の真っ只中です。現在次々とコンドミニアムが建っている場所は、かつてハワイ先住民が棚田を作っていた農村で、カメハメハ一世を含む王族達の住居がありました。
カカアコは、貿易や物資供給のためホノルルに入る外国船の寄港地でもありました。1850年、この外国船の乗組員により天然痘が持ち込まれ、これは近隣地区の人口を減少させるほどの威力でした。この頃、カカアコ地区は港周辺の経済活動により成長を遂げていたため、多くの人が集まり感染症拡大に恰好の条件だったわけです。この悲劇の犠牲者の骨がしばしば建設現場で発見されています。
1950年代まで復興を遂げてきたこの地区も、商業活動の規制緩和となる土地区画規制の変更に伴い住宅地に代わって多くの事業者が増えました。特に自動車修理工場や製作作業工場が目立ちます。
コンドミニアム建設により、カカアコの時代は再び変わりました。しかし、コンドミニアムはこの地区の未来でありながら、多くの人々にとってさまざまな意味でこの地が繁栄の原点だった時代に連れ戻してくれる存在でもあります。