ワイキキの概要 ワイキキはハワイ観光のメッカとも言うべき最も人気の高いリゾートエリアです。1.5マイル(2.41km)の長さを誇る
世界有数のビーチが伸びるこの地区は、晴天が多いオアフ島南岸に位置し地球上で最も安定した好天に恵まれています。ワイキキは南東のカピオラニパークやダイヤモンドヘッドのある地区から西のアラモアナ地区までを指す究極の一等地です。ワイキキの上空からの動画は
こちらをご覧ください。
ワイキキの不動産は、多数のホテル、130軒を超えるコンドミニアム、若干数の一軒家という状況で、小さなマンハッタンとも言えるほど高層ビルが密集しています。南に海、北にアラワイ運河があり水に囲まれた地区でもあります。ワイキキのコンドミニアムの相場は200平方フィート(18.6㎡)のスタジオタイプで約15万ドルから、最も美しいとされるリッツカールトンワイキキのペントハウス(土地所有権)で2,000万ドルまであります。
土地所有権と借地権 土地所有権とは、その土地を所有していることを意味します。
一方、借地権とは、不動産を利用する(売却を含む)権利があるものの不動産の下にある土地は所有していないことを意味し、賃貸期間が満了すると不動産は地権者に戻されます。まれに、コンドミニアムの管理組合が既に土地の権益を獲得している場合もあり、その場合はワイキキのディスカバリーベイのように賃貸期間満了時にどうなるかについては単純ではありません。
ワイキキのコンドミニアムのうちの約25%が借地権物件です。ワイキキを除くホノルルでは約6.5%、ホノルル市を除くオアフ島内ではわずかに約3%が借地権物件です。
短期バケーションレンタルのコンドミニアム オーナーの中には、所有するユニットを自身のハワイ滞在時に自由に使いたいと考える人や、一方で賃貸収入の可能性を最大限にする(ホテルのような)短期レンタルとして貸し出したいと考える人など様々です。コンドミニアムに関する短期レンタル、規制、固定資産税関連事項等について詳しくは
ワイキキ ホテルコンド/短期バケーションレンタル用コンドミニアムガイドをご覧ください。
眺望 ワイキキのいくつかのコンドミニアムからは圧巻のオーシャンビューを望むことができます。そして何より、すべてのコンドミニアムはビーチから0.5マイル(0.8km)以内という好立地にあります。ワイキキでは、コンドミニアムがビーチにすぐそばにあることは非常にまれです。実際には、
ワイキキショアが唯一ビーチフロントのコンドミニアムですが、このエリアはホテル利用の区画に指定されており、その他のビーチフロント物件は大手ホテルばかりです。
ワイキキにあるほとんどのコンドミニアムは1970年代の建設ラッシュ時代に建てられ、2005年以降に建設されたのは、
ラニケアアットワイキキ、
ロフトアットワイキキ、
トランプタワーワイキキ、
ザウォーターマーク、
アルーアワイキキ、
コーブワイキキ、
ザリッツカールトンワイキキ(2016年初旬第1タワー完成、2018年夏第2タワー完成予定)を含むごくわずかしかありません。
ワイキキにあるほとんどのコンドミニアムは、広さに応じて価格が決められており、さらに一般的な目安としてより良いオーシャンビューに対し高値がつけられています。現在の状況は、今後開発可能な土地はほとんど残されておらず土地利用方法及び開発にも厳しい規制もあるため、長期的な価値の上昇に良い影響をもらたすでしょう。
ワイキキ地区 ワイキキはハワイ州の中でも最大の収入源です。市政府、州政府、民間観光業者によりしっかり整備され、小売事業者、ホテル、ショップ等が不動産が改築や改修を施すことで、ワイキキの多くの不動産は最新且つ近代的な外観が保たれています。
ビーチ砂補填及び周辺地区美化事業により素晴らしい都会のトロピカルパラダイスが創り出されています。多様なバックグラウンドや文化を持つ様々な住民や観光客が世界中からここに集まってきています。
カラカウアアベニュー、クヒオアベニュー、アラワイブルバードの3本の大通りがワイキキ内に平行に走っています。
カラカウアアベニューはロデオドライブを彷彿とさせるビーチに最も近い一方通行の通りで、高級ブランドショップ、世界有数のオーシャンフロント高級ホテル、レストランが並びます。
クヒオアベニューは交通量の多い双方向道路で、ワイキキの中心沿いに走っています。この通りには二流ホテル、コンドミニアム、レストランが混在しています。
アラワイブルバードはアラワイ運河沿いに走る一方通行道路です。運河、ゴルフコース、マウンテンビューを望む高層コンドミニアムが並びます。
コンドミニアムが立ち並ぶ中に今日もハワイアンの魅力を今に伝える古い一軒家がわずかに見られるものの、ワイキキの不動産の多くは高層コンドミニアムが圧倒的に主流となっています。
ワイキキは、ホノルルの小都市にいる雰囲気がありながら、様々な楽しみ方があります。食通には高級レストラン、アートが好きな方には世界的にも有名なギャラリーや工芸品店、動物好きには水族館や動物園、家族連れにはヒルトンハワイアンレッジのペンギンやフラミンゴ鑑賞、アドベンチャーを求めているなら潜水艦に乗船、アクティブ派にはサーフィン、若者にはナイトライフ、ハネムーンカップルにはロマンティックな瞬間等々。
ワイキキの週末は、金曜日の夜恒例のヒルトンホテルの花火から始まり、30フィート(9.1m)の巨大スクリーンがワイキキビーチに出現し映画を楽しめる「サンセットオンザビーチ」に行くのも良いでしょう。
ワイキキはハワイで最大の人口密集地ですが、緑あふれる公園、色とりどりのトロピカルな花々、そしてそれらを囲む澄み切った青い海、広がるアロハスピリットも相まって、ワイキキではコンドミニアムが依然高い需要を維持しています。年間を通して陽気で爽やかな気候のワイキキ生活はまるで終わることのないバケーションのようです。
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ワイキキの歴史 今日のワイキキと呼ばれている場所は、数百年前までは沼地でした。この地は豊かな淡水が湧き出ることからハワイ先住民にとって優れた農業用地の可能性を秘めていました。15世紀、オアフ島の首長だったカラマクアがこの沼地を活用しようと灌漑用水の整備を行ったと言われています。その後、新しく作られたフィッシュポンドの周辺にタロイモ畑が作られました。
これらの畑は、3世紀後の1794年にカメハメハ大王の軍がオアフ島制圧のため上陸するまで活用されました。カメハメハ大王の勝利後ワイキキは王族の新たな静養地となり、カメハメハのみならず以後の王族達も静養地として利用しました。この地の美しいビーチと海は、ハワイ王朝最後のリリウオカラニ女王まで各時代の王族達に隠れ家として好まれ利用されました。
観光業の重要性が高まってきた1990年代前半にはビル建設のための頑丈な土地が求められるようになります。これにより、1928年ハワイアンドレッジング社によりアラワイ運河が掘られます。この運河により沼地の水はけが良くなり、必要とされていた新たな硬い土地が生まれました。
運河建設の数年後から、観光産業のための新しいビルが次々と建ち上がる様子を見られるようになります。この建設ラッシュは真珠湾攻撃まで減速することはありませんでした。この出来事はワイキキをリゾートから軍地基地へと変貌させます。以後、第二次世界大戦終結までワイキキビーチには有刺鉄線が張られロイヤルハワイアンホテルは兵士の一時収容施設となっていました。
1950年代前半まではカラカウアアベニューやビーチ沿いの通りにまだ個人の邸宅がありました。それらも次第に観光用地へと取って代わられることになります。例外的に、1961年にカラカウアに登場したワイキキ初の高層コンドミニアムである
フォスタータワーは今日もコンドミニアムとして残っています。
1960年代後半、クヒオアベニューとアラワイブルバードの間が「ジャングル」と呼ばれるようになります。構造の悪化、混雑の状況、住民の多様化により悪評が広まります。
特に、地価上昇を考慮すると解決策が必要でした。この結果、木造建築の古い家が撤去され、現在見るようなコンドミニアムへと移り変わっていきました。
カメハメハ上陸から200年の時を経た今、ワイキキはこの地を少しでも我がものにしようとする新たな征服者達により包囲されているといえるでしょう。我々は、彼らをワイキキコンドミニアムバイヤーと呼んでいます。